吉田松陰の名言や松下村塾、至誠等について5分で分かる!

2017年7月22日

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気になる歴史上の人物の一人に幕末の志士、吉田松陰がいます。

吉田松陰と聞いて、あなたはどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか?

幕末の志士、鉄の意志を持つ哲人、常識破りの活動家等、いろいろな印象が出てくると思います。

今回の記事では、吉田松陰について5分で紹介させていただきたいと思います。
では、早速、いってみましょう!!

吉田松陰は、明治維新の精神的指導者として活躍した人物だと言えます。

吉田松陰in

「吉田松陰」

その生い立ちですが、1830年に長州藩士の次男として生まれました。

幼い頃より叔父が開いていた松下村塾で指導を受けていました。

11歳の時には、藩主を相手になんと御前講義を行うほどの天才ぶりを発揮していたそうです。

11歳って・・小学生の時にすでに講義をするなんて、幼少のころから飛び抜けた才能を発揮していたんですね(#^^#)

その結果、松蔭の才能が認められることになります。

1850年、九州見聞を行うために、九州の長崎に留学しました。

長崎

「幕末の長崎」

当時は、藩自体がひとつの国のようになっていたので、同じ日本でも長崎という藩に留学する・・・
ということになるのです。

この九州見聞の際に、吉田松陰は西洋兵学を学ぶことになります。

それからは、江戸に出て佐久間象山に師事することになります。

佐久間象山は、江戸の松代藩邸で私塾を開き、砲術や化学、兵学、蘭学などの広範囲な分野を教え、幕末の志士である勝海舟や坂本龍馬、また吉田松陰など多くの門下生を指導した偉大な教育者です。

佐久間象山o

「佐久間象山」

(坂本龍馬について気になる方は「5分で分かる坂本龍馬」まで)

この後、吉田松陰は、友人と東北旅行を計画します。

当時、他の国に出向く際は必ず自身が属する藩の長州藩の通行手形の発行を待つ必要があったのですが、松陰は待ち切れずに旅行に出発しました。

そして、この後、1852年に、松陰が江戸に戻った際にこのことで罪に問われてしまい、士籍剥奪・世襲没収の処分を受けてしまうことになったのです・・・(゜.゜)

現在にたとえると、ビザを持たずに他国に入国したようなものです。

もちろんそんなことをすると罪に問われ、逮捕されてしまいますよね・・

松陰は自分がやる!と決めたことは法律を破ってでもやってしまう強引なところがあったんですね。

しかし、それほど自分の中に根差す「決意」がハンパないということですが・・(#^^#)

その後、ペリーが浦賀来航をした際に、西洋の先進文明に影響されて、外国留学を決意します。

そして、ペリーが再港した際には、ペリーの乗っている船を目指してなんと密航しようと試みたのです!!
この船に乗ってアメリカに行きたい!と本気で思い、行動に移したのです。

ペリー来航4

しかし、このアメリカ船には拒否されてしまいます。
当時のアメリカと日本との条約もあるし、勝手に密航者を受け入れるなんてことはできなかったのです。

そして、その後自首して、長州へ檻送され幽閉されてしまいます。

その後、1857年に松陰の叔父が経営していた松下村塾を引き継ぎます。

松下村塾は、学問や講義の形式で、時折、時勢を論じ合ったり、書を読みあさったりといった塾で、当時としては非常に特殊とも言えるスタイルでした。

松下村塾

「松下村塾跡」

この塾からは、高杉晋作や伊藤博文、木戸孝允、井上馨など後の明治維新で大活躍する人材を次々と輩出していきました。

吉田松陰は、まさに「明治維新」を陰で支えた人物であると言えるでしょう。
(明治維新について気になる方はこちらまで♪「5分で分かる明治維新!」)

その後、幕府は日米修好通商条約を締結することになりますが、この締結において幕府は天皇の許可を得ていなかったので、松陰は激怒しました( ゚Д゚)

そして討幕を表明し、なんと幕府の老中の暗殺を計画することにしたのです・・・

しかしその後、幕府の老中である井伊直弼は、幕府反対派の人々を弾圧して、次々と処罰していきました。

世に言う「安政の大獄」です。

この「安政の大獄」により松陰は牢屋に入れられてしまい、その翌年、僅か30歳という若さで処刑されてしまったのです・・・(+_+)

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自分の思いを最後まで貫き、多くの幕末の志士たちに影響を与えた吉田松陰。

松陰は多くの名言を残しています。(以下引用)

「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。

故に、夢なき者に成功なし」

「私心さえ除き去るなら、進むもよし退くもよし、出るもよし出ざるもよし」

「小人が恥じるのは自分の外面である、君子が恥じるのは自分の内面である。

人間たる者、自分への約束をやぶる者がもっともくだらぬ。

死生は度外に置くべし。

世人がどう是非を論じようと、迷う必要は無い。

武士の心懐は、いかに逆境に遭おうとも、爽快でなければならぬ。

心懐爽快ならば人間やつれることはない」

いかがでしょうか?

このことばを読むだけでなぜかこころうたれませんか?

そして、松陰の有名な言葉に「至誠」があります。

至誠にして動かざる者は 未だ之れ有らざるなり
(至誠而不動者 未之有也)
「誠の心をもって尽くせば、動かなかった人など今まで誰もいない」

うわべだけではなく、

誠心誠意を持って人に接すれば、

必ずあなたのこころはその人に通じる・・・

う・・ん、こころに響きますね(#^^#)

幕末の志士のことばですが、現代人にも大いに響く名言ですね。

この「至誠」を胸に日々、過ごせますように・・

あなたはこの「至誠」についてどのように感じたでしょうか?

以上で吉田松陰についてのご紹介を終わりにしたいと思います。

※吉田松陰に関するNHK大河ドラマ「花燃ゆ」について気になる方はこちらまでどうぞ♪「花燃ゆ

最後までおつきあいいただきまして、ありがとうございましたm(_)m
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